鶴見俊輔さんとあやめの花
以前、鶴見さんの著作のうち、大衆文化研究の領域にかかわるものを紹介する文章を書いたことがあります（注１）。
執筆依頼には、関連する著作のなかから、ぜひともここを読んでもらいたいという部分をひとつだけ選んでほしいという項目がありました。
けれども、鶴見さんが書き残した膨大な著作群から、たった一か所を選ぶのは困難なことです。
迷ったあげく私が選んだのは、『限界芸術論』のなかに収められた「黒岩涙香」という文章の一節です。
涙香の生きざまと仕事ぶりとを、古い歌（注2）にかさねあわせて考えています。たくさんの市民運動にかかわってこられた人ならではの書きぶりだと感じます。
風俗、あるいは人びとの暮らしの変化を研究する者の「心意気」として、たいせつにしたいと思います。
また、この「心意気を」、鶴見俊輔さんを知らない、次の世代に伝えたいと思います。
潮来出島のまこもの中に／あやめ咲くとは しおらしや
まこもというのは、葦のようにまっすぐ、きつくたつ、かたいものである。それらにかこまれて、よわよわしい風情ながらあざやかな志の色を見せて咲くあやめの花。そういう弱いしかしあざやかな努力の結実を、涙香はのぞんでいた。すでに日本国中にできあがったかたい体制の壁にたいして、もう一つのかたい力をもってまっすぐにいどみかかる道を、涙香はさけて、国中の自発的な遊びの形のうちのどんな小さなささやかな実例の中にでも、そこに自発的な心意気の発動を見つけて、それに未来を託そうとした。
（引用は「黒岩涙香」『鶴見俊輔集 第6巻』173ページから）
（注１）永井良和 2009「限界芸術 鶴見俊輔『限界芸術論』『戦後日本の大衆文化史』」，井上俊・伊藤公雄編『社会学ベーシックス７ ポピュラー文化』世界思想社，pp.219-228．
（注2）「潮来節」の一節。
